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津地方裁判所四日市支部 平成9年(ワ)1号 判決 1998年9月29日

原告 株式会社X1

右代表者代表取締役 A

原告 X2

原告ら訴訟代理人弁護士 青山學

同 井口浩治

同 加藤文子

被告 Y株式会社

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 松島洋

同 松村真理子

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

1  被告は、原告株式会社X1に対し、金七〇〇万円及びこれに対する平成九年一月一七日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告X2に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成八年八月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告株式会社X1(以下「原告会社」という。)が被告から購入した自動車に、原告X2(以下「原告X2」という。)が乗車して、エンジンをかけた状態で仮眠していたときに自動車から出火したため、原告会社は、自動車の売主である被告に対し、債務不履行に基き、原告X2は、不法行為に基き、損害賠償の支払を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  原告会社は、被告から平成七年一一月六日左記記載の自動車(以下「本件自動車」という。)を代金六八〇万円で購入した。

年式 一九九六年式 新車

車名 キャデラック エルドラド

シリアルナンバー <省略>

登録番号 <省略>

2  本件自動車は、平成八年八月二六日、同車から出火したことにより(以下「本件火災」という。)焼けて、廃車となった。

3  人間は、睡眠中にも筋肉の弛緩と緊張を繰り返しており、一晩の眠りの間に三〇回くらい寝返りをしている。本件自動車の「一九九六年オーナーズマニュアル」には、「排気ガスについての注意」として「エンジンをかけたまま車内で仮眠をとることは非常に危険です。」との記載があり、「注意」として「長時間アイドリング状態を続けないでください。エンジンに悪影響を与えます。」との記載がある。

二  原告らの主張

1  原告X2は、平成八年八月二六日午前二時ころからエンジンをかけたまま、運転席で仮眠をとっていたところ、午前三時三〇分ころ、本件火災により本件自動車は焼けて、廃車となった。エンジンをかけたまま寝込んでしまうことも合理的に予期される通常の使用方法に含まれるところ、本件火災が発生したのであるから、本件自動車に欠陥があったことが事実上強く推認され、被告において、本件火災が本件自動車の欠陥以外の他の原因によって生じたことを具体的に主張立証しないかぎり、右推認は覆らない。

仮眠をとっていた状況は、エンジンはかけたままで、ギアはパーキングに入れ、サイドブレーキをかけてあった。ラジオ、車内灯、エアコンはオフにし、窓は閉め切っていた。運転席のシートは普通より少し後方に引き気味で一杯に倒してあり、原告X2が横たわると、足が床から浮く状態であった。

本件自動車のエンジン、アクセルあるいはアクセルとエンジンとの連絡に欠陥があり、それが原因で本件火災に至ったものである。

2  仮に本件自動車に物理的な欠陥がなかったとしても、被告は、原告会社に対する説明・警告義務を果たしていない。すなわち、被告は、本件自動車の「一九九六年オーナーズマニュアル」において、「排気ガスについての注意」としてのみ「エンジンをかけたまま車内で仮眠をとることは非常に危険です。」と前後の記載内容から密閉された場所についての警告としか読み取れない内容の記載をするのみであるし、「注意」として「長時間アイドリング状態を続けないでください。エンジンに悪影響を与えます。」との記載はあるものの、長時間のアイドリングによる出火の危険については一切触れられていない。したがって、原告らは、開放された道路上であれば、エンジンをかけたまま車内で仮眠をしても危険ではないと信じていたのである。

3  原告会社は、本件火災により本件自動車を廃車としたことから六八〇万円、代車使用による損害として二〇万円、合計七〇〇万円の損害を被った。原告X2は、本件火災により、危うく自動車から脱出できたものの死の危険に直面し、精神的に甚大な苦痛を受けたが、右苦痛は金銭に換算すると三〇〇万円を下らない。

4  被告は、自動車の販売業者であるから、直接の契約当事者である顧客に対し、欠陥のない自動車を供給すべき注意義務を負っている。また、自動車は、複雑な機構を有し、誤った使用方法によった場合、生命、身体に損害を及ぼす危険の高い商品であるから、自動車の販売業者は、買主に対し、使用に当たっての注意事項、特に誤った方法で使用した場合に発生しうる危険について具体的かつ適切に情報を伝え、かかる誤った使用方法を回避するように警告すべき安全配慮義務を有する。ところが、被告は、1のとおり欠陥のある自動車を供給した点に債務不履行があり、さらに、2のとおり適切な警告を怠った点で安全配慮義務違反による債務不履行責任を負い、原告会社に生じた損害を賠償すべき責任がある。

5  自動車の販売業者は、当該自動車を利用することが予想される者に対しても、安全性につき社会的に期待される水準の品質を備えたものとしてこれを供給し、もって当該自動車の構造上の欠陥に起因して右の者らに損害が生じること、誤った使用方法に起因して右の者らに損害が生じることを回避すべき不法行為上の注意義務を負うが、前記1、2のとおり右注意義務に違反しているので、原告X2に生じた損害を賠償すべき責任がある。

三  被告の主張

1  原告X2は、深夜飲酒のうえエンジンをかけたまま運転席で寝込んでしまい、睡眠中無意識の動作によりアクセルを踏み込み、その状態が続くことにより、エンジンの高速回転状態を生み出し、排気系統を異常過熱させ、エンジンルームからの出火につながった可能性が高い。したがって、本件自動車の出火は、原告X2がエンジンをかけたまま運転席で寝込んでしまったという異常な使用に起因するものであり、本件自動車には欠陥がない。

2  自動車販売店に過ぎない被告は、警告義務を負担しない。製造者の立場であっても、深夜飲酒のうえエンジンをかけたまま寝込んでしまった場合、出火のみならず、寝ぼけて発進させてしまうこともありうるので、危険であることは明らかであり、このようなことに対してまで警告義務は存在しない。

3  原告の主張4、5は否認する。

四  争点

したがって、争点は、1、本件自動車に欠陥があり、債務不履行責任、不法行為責任を負うかどうか、2、被告は、原告らに対する説明・警告義務を果たしておらず、債務不履行責任、不法行為責任を負うかどうかである。

第三当裁判所の判断

一  <証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、甲第三号証の記載、原告X2本人の供述中右認定に沿わない部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  原告X2は、原告会社の副社長であるが、平成八年八月二五日、お客を招待して海に行っていた。午後九時ころ自宅に帰った後、飲酒のうえ、翌二六日午前二時ころ、自宅から三重県北牟婁郡<省略>の原告会社の工場に砂利の採取プラントの様子を見に行くため本件自動車を運転して行ったが、工場が施錠されていた。原告X2は、工場の鍵を持参していなかったので、そのまま工場敷地内に停車し、窓を閉め、エンジンをかけたまま運転席で眠りこんでしまった。午前三時三〇分ころ、原告X2は、車内の煙で目が覚め、本件火災に気付き、車外に出た。そして、現場は、国道四二号線沿いであったので、原告X2は、国道四二号線を走る車に消防への連絡を依頼し、消防車が出動して、本件火災を消火した。本件自動車の排気量は四六〇〇CCであったが、本件火災により焼けて、廃車となった。

2  三重県紀北消防組合海山消防署は、出火箇所はエンジンルームとしているが、出火原因は不明と判断している。本件火災の連絡を受けた被告は、現場から被告松阪営業所に本件自動車をキャリアカーで搬送した。そして、本件自動車の販売店である被告、輸入元である株式会社a、b株式会社の担当者が、同月二八日から同年九月三日まで本件火災の出火原因を合同調査し、株式会社X1車両調査報告書(乙第一号証)を作成した。右報告書によれば、本件自動車は次のような状態となっていた。運転席から前方が激しく燃えた状態となっていて、運転席のリクライニング機構は電動スイッチで調節するもので、運転席シートはやや後ろに傾いているだけで、通常の運転状態(添付写真13、15)である。エンジンルームの燃焼度合が大きいが、燃焼箇所であるエンジンルームから離れた車両後部の排気系統がエンジン部分の火災の影響ではなく、それ独自に異常な高熱を発し、車両後部のトランクルームの床に敷かれた化学繊維の絨毯数カ所が熱に冒され溶けた状態になり、また消音器(マフラー)等の排気系統部品が高熱に冒された痕跡が残っている。

3  JAF(社団法人日本自動車連盟)は、本件自動車と同型車種による実験ではないが、乗用車がエンジンを空ぶかしした場合どのようになるか実験をしたところ、アクセル全開状態で八分五〇秒後に出火した。JAFは、JAFMATE一九九四年三月号のJAFユーザーテスト一二二で、右事実をその実験データーとともに公表し、あわせて東京都内でエンジンをかけたまま駐車していた車が車両火災を起こし、車内で仮眠中の男性が焼死した事故があったことを掲載した。

4  人間は、睡眠中にも筋肉の弛緩と緊張を繰り返しており、一晩の眠りの間に三〇回くらい寝返りをしている。平成一〇年二月一三日付け毎日新聞には、運転席で仮眠中、無意識にアクセルを踏み込み空ぶかしでエンジンが過熱し、出火する車両火災が、東京都内で昨年三月から今年一月までに七件起きていること、東京消防庁は「車内で仮眠する場合はエンジンを止めるか、助手席などに移動して」と呼び掛けている旨報道している。

原告らは、運転席のシートの状態について、出火後脱出する際などに原告X2が触るなどして変わった可能性があり、寝ていた状態をそのまま示すものではないと主張し、原告X2も仮眠するときにはいつもシートを倒したと供述するが、シートは電動で調節されるうえ、原告X2自身、無我夢中で車外に出たもので、その時シートを起こした記憶はないとも供述しており、採用できない。

二  原告らは、エンジンをかけたまま寝込んでしまうことも合理的に予期される通常の使用方法であるとして、本件火災が発生したのであるから、被告が本件自動車の欠陥以外の他の原因によって本件火災が発生したことを具体的に主張立証しないかぎり債務不履行、不法行為責任を免れないと主張するが、原告としては、本件自動車にいかなる欠陥があったのか、そして、いかなる経過を経て出火に至ったのか具体的に主張立証すべきである。しかし、エンジン、アクセルあるいはアクセルとエンジンとの連絡に欠陥があると主張するだけで、具体的な主張をしない。

ところで、前記認定事実によれば、本件火災発生のメカニズムは次のように推測される。運転席のシートはやや後ろに傾いているだけで、通常の運転状態であったことからして、原告X2が寝ていた間は、両足が床についていたものとみられること、深夜飲酒のうえエンジンをかけたまま運転席で寝込んでしまい、睡眠中無意識の動作によりアクセルを踏み込み、その状態が続くことにより、エンジンの高速回転状態(過レーシング状態)を生み出し、排気系統を異常過熱させ、エンジンルームからの出火につながった可能性が高い。したがって、本件火災は、原告X2が飲酒のうえエンジンをかけたまま寝込んでしまったという異常な使用に起因するものと認められ、本件自動車に欠陥があったことを認めさせる証拠はない。

三  原告らは、被告は説明・警告義務を果たしていないと主張しているが、深夜飲酒のうえエンジンをかけたまま寝込んでしまった場合、出火のみならず、寝ぼけて発進させてしまうこともありうるので、危険であることは明らかであり、このようなことに対してまで被告が警告すべき義務を負うものではない。

四  そうすると、原告らの請求は、理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大工強)

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